岡目八目 〜調停・交渉事案においての弁護士の存在価値
先日,千葉市長の熊谷俊人さんとお話をする機会がありました。
その中で熊谷さんは,
「その街の本当にいいところというのは,地元の人間にはなかなか気づきにくいようだ。
自分は外部から来た人間だからこそ,千葉市のいいところがわかる。」
ということをおっしゃっていました。
考えてみると,紛争解決の場面においてもこれは当てはまるように思います。
当事者がこだわっているところが,必ずしもその紛争の要とは限りません。
むしろ,第三者の視点から見て初めてつかめることの方が多いものです。
そして,正にここが,紛争解決における代理人の存在意義になると思います。
例えば離婚調停などは,代理人を付けずに当事者だけでなされることも多いのが現状です。
確かに,調停自体は話し合いの手続である上,調停委員がいるので,当事者だけであっても手続を進められるのは間違いありません。
しかし,第三者(それも自分サイド)の視点が入るのと入らないのとでは,やはり解決の「深さ」が違ってくるように感じています。
冷静に事実を見つめ,考えられる方向性を検討し,選択すべき道筋を分析する。
当事者になってみると,これがなかなか難しいものです。
第三者だからこそできることが,調停・交渉の現場にはあるといってよいと思います。
第三者として,しかし依頼者のために,ベストを尽くすことを続けていきたいと思います。
その中で熊谷さんは,
「その街の本当にいいところというのは,地元の人間にはなかなか気づきにくいようだ。
自分は外部から来た人間だからこそ,千葉市のいいところがわかる。」
ということをおっしゃっていました。
考えてみると,紛争解決の場面においてもこれは当てはまるように思います。
当事者がこだわっているところが,必ずしもその紛争の要とは限りません。
むしろ,第三者の視点から見て初めてつかめることの方が多いものです。
そして,正にここが,紛争解決における代理人の存在意義になると思います。
例えば離婚調停などは,代理人を付けずに当事者だけでなされることも多いのが現状です。
確かに,調停自体は話し合いの手続である上,調停委員がいるので,当事者だけであっても手続を進められるのは間違いありません。
しかし,第三者(それも自分サイド)の視点が入るのと入らないのとでは,やはり解決の「深さ」が違ってくるように感じています。
冷静に事実を見つめ,考えられる方向性を検討し,選択すべき道筋を分析する。
当事者になってみると,これがなかなか難しいものです。
第三者だからこそできることが,調停・交渉の現場にはあるといってよいと思います。
第三者として,しかし依頼者のために,ベストを尽くすことを続けていきたいと思います。